shooting star

1.

「あーあ。オレ、ここで何やってんだろ」
蠍座の黄金聖闘士ともあろう者がなぁ、などと独り言を言いながら日陰のベンチに腰をかけて欠伸を噛み殺している。
そしてその場所は天蠍宮ではなく、宝瓶宮の裏庭。
宮の影により直射日光が当たらず柔らかい光が差し込んでおり、小さな泉が中央に置かれ、石畳が敷かれた周りにはシンメトリーの列に鉢植えが置かれている。
その先の下には聖域が広がっており、ベンチはこれらが一望できる所に置かれていた。
「大体、何でカミュがあそこまで怒るんだ」
ミロはだらしなくベンチにもたれ掛かるように座りながら天を仰ぐ。
ゆっくりと流れる雲を眺めてると、ふいに扉が開いて人が入ってくる。
「カミュ…?じゃなくて、なんでミロがいるんだい?」
入ってきた人物、アフロディーテは今にもベンチからずり落ちそうになっているミロを見て言う。
「カミュならいないよ。今、宝瓶宮にいるのはオレだけ」
顔だけこちら側に向けて話すミロを見て、アフロディーテは呆れたように溜息を付く。
「君、なんて顔してるんだ。一度鏡を見たほうがいいよ」
「いいよ、どうせ酷いんだろ?カミュにも酷い奴だってさっき言われたよ」
「カミュに?何かあったのかい?」
「あー、なんか怒らせちゃってさ。出てった」
「出てったって…カミュがそこまで怒るのなら理由があるだろう」
「それがさー…」

――今から1時間ほど前。
「おはよう〜カミュ、水頂戴」
1時を回った頃、身支度もままならない格好のまま宝瓶宮を訪れたミロは、カミュの姿を見つけるとこう言った。
カミュはその言葉に返事をせず無言で一瞥を向けると、ソファにもたれ掛かって動かないミロに一杯の水を差し出す。
「サンキュ。…あー、やっぱり二日酔いには水が一番だな」
グラスを置くと、そのまま横になって大きく欠伸をする。
「昨日の夜、街に出て飲んだらマスターに強い酒ばかり勧められてさ。さすがに今日はきついな」
ミロの言葉に関心を示さず、カミュは黙って本を読んでいる。
「おまけに店にいた女の子達が誘ってくるんだよ。俺も捨てたもんじゃないかな…ってカミュ、聞いてる?」
「…ここには何の用で来た?」
カミュは本から目を離さず、無表情のまま口を開く。
「え…カミュに会いに、かな」
「そうか、ではもう用は済んだだろう」
「…何か怒ってる?二日酔いで酒臭い?」
身を起こし、カミュの顔を覗き込むが、相変わらずその表情は硬い。
そして、黙ったまま部屋の入り口まで行くと、ドアを開けてミロの帰りを促す。
「そんなに帰って欲しいの?」
「…昨日は何の日だった?」
カミュはミロの問いには答えず、顔を見ないまま話しかける。
「昨日?何かあったっけ…」
ミロは無精髭を触りながら考えるが、頭痛でそれ所ではない。
そんな様子を見かねて、カミュは溜息を吐く。
「前から約束していた日ではなかったか?」
その言葉にミロの動きが止まり、あぁ、と小さく頷く。
「そうか、そうだった。すっかり忘れてた」
カミュはわずかに表情を歪める。
「じゃあさ、また今度にしよう。オレ…」
「…酷い奴だ」
カミュはそう言い放つと、そのまま部屋を出て行く。
「え…カミュ?」
ミロは呆然としたまま部屋に残っていたが、やがて部屋を出て宝瓶宮の中を探し始める。
しかし、何処を探してもカミュの姿は見当たらず、ついに裏庭まで来たのだった。

「…というわけ」
ミロは隣に座ったアフロディーテに話し終えると、膝に肘を附いて遠くを見詰める。
「謝ろうにも先に出て行かれちゃ言えないしさぁ」
「そりゃカミュでも怒るだろうね。正確に言えば『裏切られた』と思ったんじゃないかな」
「何で?そこまでの事か?」
アフロディーテの言葉に納得出来ないミロは、顔を向けて反論する。
「君、カミュが昨日までどれだけ楽しみにしていたと思う?」
「え…」
「星空を見るなんてミロの趣味じゃないと思っていたら、蠍座について解説するって言い出したらしいじゃないか」
「あ、うん…それだけなら出来るから」
カミュが最近、夜空を見ているというのを聞いて、今の季節に自分の守護星座がある事を思い出したミロは自らその申し出をしたのだった。
しかし生憎天候が不安定だったため、予報で晴れる日を調べて待っていたのだ。
「カミュは態々その為にワインも買ってたし、この庭だって配置換えして準備していたのに」
そういえば以前来たときと位置が違う気がする、と思いながらミロは庭の鉢植えをよく見てみる。
白く、小さい花が沢山咲いており、甘い香りを放っていた。
「この花ね、スイートアリッサムって言うんだけど、ミロなんだって」
「オレのイメージって事?あんまり似合わないと思うけど」
「私も、そう思ったんだけどね。だけど、カミュは何て言ったと思う?」
「さあ…」
「ミロはこの花の花言葉のような存在だからって。君、カミュにとって『美しさを超えた価値』らしいよ」
ミロは、そんなふうに思われていた事に驚く。
「え?オレが!?それを言うならカミュの事じゃないか」
「ちなみに、カミュはあれ」
アフロディーテは少し離れた所に置かれた一つの鉢を指して言う。
同じ白色の花をつけており、ミロには同じようにしか見えない。
「あれは、忘れな草。一般的には『私を忘れないで』という花言葉だけど…」
そこまで言うと、ちらりとミロを見て黙る。
「何だよ、そこまで言って」
「教えてあげるのが馬鹿馬鹿しいな。フランスでは『私はあなたを見れば見るほど好きになる』って裏の意味があるらしい」
「は…」
ミロは思わず附いていた肘を滑らせてしまう。
忘れな草を囲んでいるスイートアリッサム。
それでは、まるで…。
「それを、約束を忘れた上に女の子に誘われただの言われたらね。悲しいと思うよ」
――まるでオレしか見えていないという事か…?
「この配置だって、この前来たら夜でも歩きやすいようにって一生懸命変えててさ」
――カミュが、ずっと俺の事を待っていてくれた…。
「何だかヴァージンロードみたいだ、って言っても静かに笑うだけだったし」
――それなのに俺は、何て事を。
「いじらしいよね、カミュ。ああ、でも…」
「ごめん、オレ、カミュを探して謝ってくる!」
アフロディーテが言い終わらないうちに、ミロは立ち上がって裏庭を出て行ってしまう。
「花言葉の事は内緒だって言われてたんだけど…まぁいいか」
今日の夜も、快晴の予報が出ていたはず。
アフロディーテは軽い溜息を付くと、宝瓶宮を後にした。

*

「聖域を出たか…いや、カミュならまだどこかにいるはずだ」
ミロは階段を下りながら辺りを見渡す。
人馬宮を抜け、天蠍宮に差し掛かったところで、ミロは自宮から微かな小宇宙を感じ取る。
「カミュか?」
ミロは速度を上げて天蠍宮に向かう。
やがて、室内へと足を延ばすとカミュは机の上に頭を凭れて突っ伏していた。
「カミュ」
ゆっくりと歩み寄り、座っている椅子の後ろに立つ。
「御免。カミュを悲しませて…本当に悪い事をしたよ」
カミュは身動ぎせずに、その言葉を聞いている。
「この通り、謝る。アフロディーテに教えて貰った。カミュがそんなにオレの事を想っていてくれたなんて、思いもしなかった」
その言葉にピクリと震わせると、カミュはゆっくりと身体を起こす。
「自惚れるな。何を聞いたか知らないが、お前の事など気にしていない」
ミロの方を見ようとはせず、相変わらずその表情を伺い見ることは出来ない。
「じゃあ何でここに来たの…?」
「……」
「ねぇ、カミュ」
そっとカミュの肩に手を置き、拒絶の反応が無いのを確かめるとそのまま腕を滑らせて後ろから抱きすくめる。
「オレ、カミュが大好きだ」
「……」
「ずっとずっと、これからも愛し続ける」
「何、を…」
「この髪も、声も、肌も、出会ったときから全てが愛おしいんだ」
「恥ずかしいからやめろ!」
思わず後ろを振り返ってしまったカミュをそのまま抱きしめてミロは続けて言う。
「少し意地っ張りで憎まれ口を言う所も、オレにとっては可愛く思える」
「……っ」
カミュは唇を噛み締めて、表情が緩くなりそうになるのを堪えている。
「オレが好きで顔を赤くする所も…ね」
言いながらゆっくりと顔を近づけると、やがて優しい口付けを落とす。
「お…お前の言う事は、信用できん」
思わずうっとりとしてしまった自分に気付き、カミュはそんな事を言って顔を背ける。
ミロは口端を緩めて手を挿し伸ばすと、カミュの顔を戻させる。
「じゃあ今日の夜に二人で星を見よう。そしてオレの言葉が嘘じゃない事も証明してあげるよ」
驚いてミロの顔を見上げると、にやりと笑う瞳にぶつかる。
――ああ、この瞳だ。
偽りの無い、真直ぐに物事を捉える瞳。
これに射抜かれてから、自分は呪縛に掛かってしまったのだ。
「…楽しみにしている」
カミュは小さい声で答えると、そのままミロの胸に顔を埋めた。


2006.07.14

>> 2











inserted by FC2 system